しみはどうしてできるのでしょうか。

しみはなぜできるのでしょうか。通常、肌はある一定の期間が周期で、作られては垢となって落ちを繰り返します。そして、そのことによって弾力を保っているわけです。そこで肌に紫外線があたります。紫外線の刺激を受け、肌には皮膚で作られたメラニンが入っていきます。やがてメラニンが入ってくる量と、肌の再生の周期が追いつかなくなると、メラニンが肌の中に取り残されるようになり、しみの原因となってしまうのです。日ごろから紫外線にたくさんあたらないようにケアすることが大切ですね。
私は、顔にとても大きいほくろがあります。そのほくろが原因で小さい時にいじめられたことが何回もあり、コンプレックスになっていました。その際に、何度もこのほくろについて考えさせていただきました。ですが、そのほくろは嫌なほくろではなく、チャームポイントとして考えるようにし、いじめられた時も開き直ることで、徐々にいじめられなくなり、気にならなくなりました。
 東日本大震災からまもなく9カ月。岩手の仮設住宅で高齢者が孤独死するなど被災者孤立が懸念される中、神戸市の女性たちが宮城県気仙沼市の被災者と文通を重ね、心の支援に取り組んでいる。プロジェクト名「ツタエテガミ」(伝え手紙)?。被災地と神戸を往復する手紙の文面からは、温かい心の交流が伝わってくる。

 「ツタエテガミ」を呼びかけたのは神戸市東灘区の岡本商店街の雑貨店に勤める稲冨歩美(あゆみ)さん(24)。小学生で阪神大震災に被災、新潟にホームステイした稲冨さんは、神戸に戻った後にステイ先の小学生からもらった手紙が心の支えになった。商店街呼び掛けの東北復興支援で6月に気仙沼を訪れた稲冨さんはこの経験から、帰宅後すぐに被災者に手紙を書いた。

 9月、気仙沼市内の仮設住宅に家族6人で暮らす女性から返事が来た。「仮設に移って知らない人が多く、まだまだ大変なことがいっぱいです」。女性の思いが便箋2枚につづられていた。「やっとつながることができた思いがした」と稲冨さん。

 大学生、早瀬友季子さん(24)は、気仙沼市内のアパートに夫(68)と住む小松ちどりさん(65)に手紙を書いた。

 津波で自宅が全壊、次男(31)が職を失ったという小松さんは「目の前真っ暗です」と不安を隠せない。

 8月末、小松さんは気仙沼漁港で初水揚げされたサンマ40匹を神戸の早瀬さんに送った。漁師の夫は11月14日から50日程度の航海に出た。「1人になると考え込むことがある」という小松さんは、「風邪をひいていませんか」と書かれた早瀬さんの手紙に「励まされる」と語る。

 気仙沼市では復興協会を設立、7月から福祉事業を推進中。被災者の孤立防止のためスタッフ20人が住宅を回りお茶会を開いたり、稲冨さんらをはじめ全国から寄せられる手紙を届ける。スタッフの塚本卓さん(45)は「自分を思う人の存在を手紙で知り、被災者は救われている」と話す。(山崎成葉(なるは))

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 ■小松ちどりさんから

 ◆早瀬さんへ

 まだまだ仮設に当たらないので皆さんイライラしています。私の趣味はラジオを聞きながら洋裁をすることです。ミシンも2台あったんですけれども皆流されました。あとは風景を見るのが好きです。夕やけとか朝は山、海(津波はダメ)。地震はまだ時々あります。二度とこないように毎日祈っています。今回の震災には、あなたからはじめ沢山の方々からお世話になり本当にありがたく思っております。まだまだ復興には時間がかかります。孫や子供たちのためにも体には十分気をつけて前向きに頑張ります(8月)

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 ◆稲冨さんへ

 家は全流出しましたが幸いに家族は皆無事で子供たちは仮設に入居できました。早いもので3月11日の震災からもう5カ月目に入りますね。二度とはこないと思いますけれども本当にすごかったです。私は着のみ着のままで車で逃げました。幸いに渋滞にもあわず思い出すたびにホッとしています。気仙沼もだいぶ道路はきれいになりましたけれども元の生活に戻るまでは早くても5?10年くらいかかると思います。長男は居酒屋をやっているので私も週に2?3回夕方6時から夜中の12時くらいまで手伝っています。おかげさまで忙しくしているほうが何も忘れて楽しいです。体に気をつけて命のある限り前向きに生きようと思います(8月)

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 ■仮設住宅の女性から

 ◆早瀬さんへ

 私は友季子さんのおばあちゃんと同じくらいの年かもしれません。それでもよければ時々お手紙を書きたいと思います。私の趣味は音楽を聴くことです。でも全部津波に流され1枚も残っていません。テープやCD全部です。そのほかに私はいつも針仕事をしています。自分の服は自分で縫って着ています。友季子さんのように今が何でも学べる年代、日々楽しく勉強に励んでいる様子が目に浮かんできます。避難所にいるころは本当に大変でした。今は仮設に入って日々家族だけでの生活で楽しく過ごしていますが、仮設って夏は暑く、冬は寒いと聞いています。これから冬になったらどうしようかと話し合ったりしています(9月下旬)

 あれから体調を崩して少し入院していました。落ち着いたので返事を書きます。このまえ来てくれたときは本当にうれしかったです。誰も友達がいないので外にも出ておらず、来てくれたときは年甲斐(がい)もなくはしゃいでしまいました。友季子さんたちとつながれたことで青春の時代に戻ったようです(11月末)

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 ◆稲冨さんへ

 歩美さんたちとお手紙のやり取りをすることで、生きる喜びを見つけられました。前にいただいたソーイングセット、本当にありがとうございました。孫が学校の授業で必要だったのですが、道具がなかったので毎日のようにうれしそうに作っています(11月末)

 ※いずれも抜粋

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